先に断っておくとこれは「ギターを弾けない僕が文化祭で演奏するまで」みたいな話だ。プロのように演奏する方法は知らないし書けるはずもない。個人の日記のようなものなので、肩の力を抜いて読んで欲しい。
あらかじめ内容をまとめると、ざっくりこんな感じ。
1. できごとタイムライン
そして、今回の出来事を時系列順に紹介するとこんな感じ。スタートアップの経営者としてフルタイムの仕事を持ちつつ、二児の父として子育てをしているので、慌ただしい上半期だった。
1/3: 新年の目標を立てる
1/24〜6/1: コーチング受講
2/3: カンファレンスプロポーザル提出
2/10: カンファレンス登壇決定
2/21: 登壇情報公開
4/1〜4/22: 日本語のプレゼン台本執筆
4/23〜5/9: 英語のプレゼン台本たたき執筆
5/10〜5/29: スライド作成・ブラッシュアップ
6/2: カンファレンス登壇
2. 英語プレゼンに挑戦したきっかけ
私は先週39歳になったのだけれど、これまでの15年程のキャリアで日本国内向けのサービスを日本語話者のメンバーと作ってきたこともあり、英語学習の必然性がないままここまできてしまった。
それでも、海外の著名な開発者やビジネスマンと会ったり、英語のカンファレンスにオーディエンスとして参加することが2年に1回くらいあり、通訳を通してコミュニケーションする中で英語ができたらなあ…と思うことはたまにあった。
なので毎年、年始からゆるーく英会話をやってみたりするのだけれども夏まで続かない、というようなことが毎年の恒例行事になっていた。
しかし、昨年から家族がとある英語コミュニティに所属するようになり、英語ができないと不便な場面が増えてきた。なので今年はマジでやらないと…という気持ちで年始を迎えたのである。
突然の持論だけれども、学習を継続するには2つ大事なことがあると思っている。それは「誰かと一緒にやること」と「目標を立てること」だ。
まず「誰かと一緒にやること」を考えた結果、英語のコーチングを頼むことにした。私よりも数ヶ月前から妻が先行してコーチングを受けており、学習が継続している様子を見ていたからだ。いくつかのサービスを比較検討した結果、flamingo社のコーチングを試してみることにした。身近なスタートアップなので応援したかったというのもある。
そして次に「目標を立てること」について考えていたときに、友人の三瓶さんのツイートが目に留まった。
私も2020年からオーディエンスとして参加している国際デザインカンファレンス、Design Mattersで今年のスピーカーを若干名公募するとのこと。私にはまだ早いので、来年くらいに出れるようになってたらいいなと思いつつ、ダメ元で登壇内容のプロポーザルを送ってみることにした。
しばらくすると三瓶さんから連絡があり「チャレンジしてみますか?」とのお誘いをいただいた。私が毎年聴講しているのを知って気にかけてくれていたそうで、ありがたい限りだ。というわけで清水の舞台から飛び降りる気持ちで登壇をエイヤと決めたのである。
ただ、この時点でプレゼンの持ち時間が25分あることは知らなかった。知っていたら流石に日和ったかもしれない。また改めて登壇者のラインナップを眺めてみるとGoogle, GitHub, Shopify, NIKE, Volvoといったグローバル企業の名前が並んでおり、自分に課したハードルの高さを再認識した。
3. 英語コーチングと自学自習
英語のコーチングは安くない。比較的安価なflamingoでも4ヶ月間、毎日のLINEでの添削・フィードバックと16回の面談で約27.5万円。正直に言うと価格に見合った価値があるのか、懐疑的な目で妻の受講の様子を見ていた。
結論から言うと、およそ4ヶ月のコーチングを受けてみて、受講して良かったと思っている。その価値は「自学自習の正しい方法がわかったこと」と「人間が習慣化に付き合ってくれたこと」にあった。
最初にスタッフからの簡単なレベルチェックがあり、これまでの学習経験や目的などをヒアリングしてもらう。その後コミュニケーション診断というものをオンラインで受けて最適なコーチがマッチングされるという流れ。そしてコーチとの最初のセッションで、自分に合った教材を選定してくれる。期間を終えても続けられるように市販の物からピックアップしてくれるのは良心的だ。ちなみに私の場合はこんな感じで、マジで中学生レベルの復習からスタートした。
単語 | |
文法 | |
シャドーイング | |
リーディング |
定番の教科書や紙のドリルといくつかのウェブサイトといった構成。新しめのアプリ(Duolingo, ELSA, Speakなど)は含まれていなかったが、まずは素直に取り組むことにした。その提案をすんなり受け入れられたのは、最初に以下のような学習のロードマップを示してくれたことが大きい。
- 語彙
- 文法
- 例文
- 音声知覚
- 意味理解
↓ これをある程度強化した上で ↓
- 概念化
- 文章化
- 音声化
これを最初に教えてくれたことで「自学自習の方法」がクリアになった。これまでの自分はA,Bの必要性や学習方法を知らず、いきなりCに取り組んでいて撃沈していたのだなと理解した。
そして、1月末頃から毎日の英語学習がスタートした。基本的には朝。単語→文法→シャドーイング→リーディング→英作文の1セットをこなしていく。1時間で終わる想定で組まれたメニューなのだけど、最初は2時間以上掛かっていた。
また実際にやってみると、中学レベルの英文法が身についていない自分に気づいて愕然とした。例えば 動名詞
と to不定詞
の使い分けとか、ドリルをやると間違えまくっていたので本当に基礎ができていないのだなと自己認識した。これは私が美大出身で、受験での学科試験対策をあまりしていないのもあるかもしれない。
物理本での地味な学習は、一人で継続する難易度は高いと思うが筋トレやダイエット指導などと同じで、毎日人間のコーチに報告の義務があり、毎週進度チェックがあることで強制力が働き、習慣化することができた。5月末まで1日もサボらなかったことは地味に自信になった。
またこの年齢になると、仕事で誰かに指導してもらえることはほとんど無くなるので、コーチや英語話者の知人たちに素直に教えを請えることが嬉しい。自分は強く見られるよりも、下手な自分を晒して教えてもらうのが心地よいと感じる。
学習記録はスプレッドシートでつけていた。(StudyPlusも選択可能) プレゼン準備や動画視聴は記録していないので実際はもう少し時間を使っていたと思う。
今回の短期的なゴールは登壇だけれども、長期的なゴールは学習し続けることなので燃え尽きるような追い込み方はしなかった。
4. プレゼンテーションの準備、人間とAIのサポート
登壇を決めた Design Matters Tokyo ‘23 のテーマは「AI+デザイン」「惑星中心設計」「ウェルビーイングのためのデザイン」の3つで、その中から1つを選ぶ方式だった。プロポーザル提出時点ではそこまでAIの知見がなかったし、惑星中心設計なんて聞いたこともなかったので、まだ自社サービスと関係のありそうな「ウェルビーイングのためのデザイン」を選択することにした。
日本語での執筆
日本語ではそれなりに登壇の経験もあるので、プレゼンを考えること自体は慣れているつもりだったけれど、今回は内容を考えるのに苦戦した。「ウェルビーイング」というテーマについて、正直あまり深く考えたことがなかったので、知ったような話はできないというのと、海外からのオーディエンスにも伝わる話を…とか、学びになる話をしなければ…などと考えていると、なかなか話がまとまらなかった。
紆余曲折を経て「ウェルビーイングを深く考えたことのない自分」が「失敗からの学び」を語るという等身大の内容に落ち着いた。それは、下手くそな英語でも受け入れられやすい切り口を考えてのことだった。
同僚にレビューしてもらいながら、ブラッシュアップ期間を含めて3週間ほどで完成。難産だった。
英語への翻訳
日本語の初稿は1万字ほどの文章量だったが、これを翻訳していくのはなかなか大変な作業だ。DeepLで一気に翻訳することもできるが、プレゼンテーションの台本として適切なニュアンスにはならないだろうと思い、やり方を模索してみた。
まずChatGPTのGPT-4に日本語の原稿をインプットする。「OKというまで、はいとだけ返事をしてください」と最初に伝えることで長文を分割して渡すことができる。そしてカジュアルなトーンで台本を英訳してもらう。伝え方によってはカジュアルになりすぎたり、フォーマルになりすぎたりするので、出力を見ながらプロンプトを調整していく。
そうして出来上がった台本を読むと、難しい単語や表現が多く、自分自身の言葉として話せそうになかった。そこでGPT-4に一文ずつ「単語A,B,Cをより平易な表現に置き換えてください」と頼んでみたり、Notion AIの「Simplify Language」機能で文章全体をシンプル化してみたりした。もちろん最終的には自分で判断してニュアンスを調整するのだけれど、ひとつも表現が浮かばず思い悩むことはなかったので、AIには随分助けられた。
ひと通り自分なりの表現に調整ができた時点で、flamingoのコーチに英文のレビューを依頼した。カリキュラムの一環として毎日英作文送って添削を受けていたので、それを台本に置き換えてもらった形である。台本はNotionで共有して気になる点にコメントをもらいインタラクティブに修整していった。決まった教材やツールでなく相手に合わせて柔軟に対応してくれるので助かった。
またコーチの添削もそのまま受け入れるのではなく、デザイナー的な観点や、伝えたい視点が損なわれていないかは自分なりに気にかけていたつもりだ。
そうして出来上がった台本をFigmaでスライド化して、同僚に業務としてレビューを依頼。たくさんデザインと英語の手直し&コメントを頂いた。
発表練習
スライドができたら、本番形式での練習を繰り返し行っていく。
まずは台本を見ながら、一人で最後まで通しで練習してみる。35分ほどかかっているので内容を削ることにしたが、それにしても長くて覚えるのが大変そうだ。
発表者ノートに台本を書くこともできるが、本番でそれを読み上げるような真似は今回のカンファレンスにはふさわしくない。
そこでiPhoneの音声読み上げアプリ(iTextSpeaker)をインストールして、台本を10分割して移動中は常にそれを聴く生活を送ることにした。音声はiPhoneの設定アプリでインストールできる中から「英語(イギリス) :Jamie(プレミアム)」を選択した。2ヶ月くらいずっと聴いていたので、今でも頭の中でJamieの声が聴こえる。
登壇前月の5月には、人前での練習をたくさんおこなった。Design Mattersと同じく三瓶さん主催のイベント「Spectrum Meetup」では5分間のLT枠をいただき、本番の冒頭5分をプレビュー版としてお話した。また、海外在住経験がある友人や同僚にプレゼン練習を聞いてもらい、フィードバックを受けてプレゼン内容を微修正していった。
元々は本番の1ヶ月前には内容を確定させたいと思っていたけれども、実際には4日前まで修正していたので、記憶を最新の内容に上書きするのが地味に大変だった。とはいえ、素振りを多くこなしたことが本番で自信を持って話すことに繋がった。
5. プレゼンテーション本番の結果と反省
そしていよいよ6月になり、前日の6月1日には前夜祭イベントに参加。体感的には3/4くらいが外国人で、Design Mattersのインバウンド集客力にびっくり。
この日も色んな国から来た人と喋ったのだけれど、プレゼン練習の副次的効果として自社プロダクトの説明が上達したのを感じられた。
そしていよいよ、6月2日の本番当日を迎えた。ドキドキしながら舞台袖に行くと司会のSamから「出番の前に紹介したいんだけど、どうやって紹介するといいかな?」と質問があり、とっさに「初めての英語プレゼンなんで応援して」というような事を伝えた。初心者を言い訳にするようなことは一切言わないつもりだったのだけれど、自分の甘さが出てしまったシーンだった。
しかし結果的にはそれが功を奏してSamからの自己紹介のあと「This is my big challenge… and also your big challenge!」というジョークから入ったことで笑いを取ることができ、リラックスした雰囲気の中プレゼンをスタートすることができた。
話している間は夢中だったけれども、走りすぎることもなく自分の中では上出来だったと思う。何よりお客さんの空気感が暖かくて「You know?」「What do you think?」といったちょっとした客フリにもリアクションを返してくれたのはやりやすかったし、グローバルなイベントならではの雰囲気だったと思う。
およそ25分のプレゼンが終わり、会場の隅で休憩していると多くの人が話しかけに来てくれた。例えばシンガポール在住のプロダクトデザイナーからは「他の人はアーティスティックな発表も多かったけど、あなたの発表は課題解決にフォーカスした内容で、同じような失敗経験もあるからめっちゃ共感したよ!」といったフィードバックをもらった。そこで初めて伝わっていることが分かり安堵した。
日本の友人からも、こんな感想ツイートをもらえて嬉しい限り。ちなみにプレゼンで話した内容は英/日でそれぞれブログにしたので、もし興味があったら見てもらえると嬉しい。
当日のエピソードにはオチがあって、カンファレンス終了後にスピーカー達で打ち上げに行ったのだけれど、本番はそこだった。
Shopifyのデザイナーと隣の席になったので、彼のプレゼンテーションや、彼のチームが作ったデザインシステムの話で盛り上がりたかったけれど、何を言ってるか聞き取れなかったり、うまく説明できないことが頻発したので「わざわざポルトガルから来てくれたのに隣が自分でごめんよ…」という気持ちになってしまった。彼はナイスガイだったので、もっと楽しんでもらえたら良かったのだけれど。
それでもせっかくの機会なので、日本語の会話を挟んでHPを回復しつつ、他の外国人スピーカーともたくさん話した。フィンランドのデザイナーから「私も英語は第二言語だし、気持ちめっちゃ分かるよ!」と励まされたりしながら世界中のデザイナーと話したり、LinkedInで繋がることができた。
5. これからの英語学習の目標
そんなこともあり、打ち上げからの帰り道で「コツコツ頑張ってよかったな〜」という気持ちになった。そして「来年までには、もっと深い話ができるようになりたいな〜」とも思った。なのでこれから1年間、学習を継続することが当面の目標だ。
コーチング期間を終えても学習し続けるために、オンラインで英語を話すイベントを定期開催することにした。ひとり5分英語でLTをする会で過去3回開催した。参加者は主にデザイナー・エンジニア・PMなどでテーマは自由。私はデザインや子育てについて話したりしている。
私のように中学レベルの英語力でも気軽に参加できる、心理的安全性の高い会にしたいと想っているので、興味のある人はポチッと参加してもらえると嬉しい。